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先日の深夜、眠気覚ましにTVをつけたら、 ちょうどNHKで『ERXI』を放送していて 思わず引き込まれて見入ってしまいました。 今回は、新薬の副作用がテーマ。 副作用のデータは数値としては小さいけれど、 それを小さいと見るか大きいと見るかで、 道が分かれてしまうことを痛感。 そこで、これも最近やっと読み終えた 『生物と無生物のあいだ』を思い出して、 考え込みました。 この本は、わかりやすい喩を使って 文系の私にも理解できるよう書かれていました。 是非、最後まで読んでほしい一冊(私は途中、挫折しそうになったので^^;)です。 生物の定義にあてはまらない「ウイルス」の不思議、 わたしたちの体の中で起こっていることなど、 「へぇぇ、そうなんだ」と呟きながら読みましたが、 私にとっては慣れない用語が結構高いハードルでした。 でも、生命の面白さ、偉大さはわかったし、 自然に対する筆者の畏敬の念も感じました。 科学者たちが小さな事象ひとつひとつ、 本当に命がけで研究していることもわかった。 たとえば私たちが新聞記事や教科書で学ぶたった一つの言葉、DNA。 その謎を解明するために、どれだけ多くの時間、実験、人の人生が必要だったのか。 その天文学的な数字に、その根気強さに、圧倒されます。 このような研究は当然のことながら、 決して私利私欲を満たすために行われているのではない、ということも再認識しました。 そして、私たちは確かに、その恩恵を受けて生きているということも。 わたしは、科学を否定することは出来ません。今も、これからも。 だからこそ、当惑します。こんなとき、データを、どう見るか。 こと、人の命においては、たった一つの例外も、見逃してはならない… でもそうする事によって、間に合わずに失われる命もあるかも。 『ER…』は毎回、問題を投げ掛ける作品で、 見終わったあとしばらく考え込むのです。 アメリカ社会の影の部分を見せつけられることも。 でも、同様の問題は現実に起こっていますよね。日本でも。 どれも他人ごとではない問題です。 今日は、ひとりの命を重く考え、新薬の使用に抵抗するカーター先生に共感を覚えました。 最近は吹き替えだと、つい声優さんが気になり、ストーリーにのめり込むことが少ないのですが、そのことを忘れるくらいでした。 エンディングの「キャスト」で我にかえった感じ。 つまりは皆さん迫真の演技だった、ってことでしょうね。 さあ、頭を切り替え、仕事仕事。 生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891)
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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riruさん、こんにちは。 |
ピアニッシモ 2008/01/18 10:49 |
ピアニッシモさん、いらっしゃいませ。ちょうど、お邪魔してコメントを打ち込んでいる最中でした^^。遠い場所にいるのに、繋がっているんですね^^嬉しい。 |
riru 2008/01/18 11:25 |
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